双極性障害とライフイベント-親友の死

結局は双極性障害って何よ?

どうも、黒です。

今回は双極性障害とライフイベントの関係を考えてみたいと思います。
ライフイベントってのは、あれですね、あれですよ。

・・・助けて、大辞泉さーん。

ライフイベント

生活上のさまざまな出来事。特に、結婚・就職・出産・大病など、その後の人生に影響のある、大きな出来事。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

だそうです。

どのような方にあっても、ライフイベントはその後の人生に強く影響するものだと思います。
しかし、双極性障害を患う方はとくにストレスに敏感だと私は考えておりまして、ライフイベントについてもより強く影響を受けると推測します。
そんなわけで、双極性障害とライフイベントについて考えてみることにしました。
もちろん、今回も扱う事例は私、黒でございます。

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私が19才のとき、親友が死にました。

年はタメ、ヤローです。

保育園からのつき合いでした。

馬が合ったようで、毎日のように一緒にイタズラをして、先生に吊るされていました。
プールの水を勝手に抜くなんてイタズラをしたときには、ひどく怒られた記憶があります。

小学校は別々でしたが、中学校でまた一緒になりました。
部活が同じ、通学路も途中まで同じということもあり、ほぼ毎日一緒に遊んでいました。

高校ではまた別々になりましたが、時間があれば一緒に遊んでいました。
高校卒業後、彼は首都圏にある大学に進学して一人暮らしをはじめましたが、私はあっさり落第し自宅浪人生になりました。

このころから、お互いの関係が変わりはじめました。

浪人中、私はひと月に一度ほど首都圏へ模試を受験しに行くことがあり、その度に彼のアパートでやっかいになりました。
私は模試の前日にも関わらず、高校生気分で遊ぶ気が満々でした。
しかし、なにやら彼は忙しいらしく、大学のレポートに追われていたり、疲れて寝ていたりという具合で私に対して素っ気ない態度でした。

そんな感じだったので、私も模試の度に彼のところへお世話になるのに気が引けたこともあり、受験の半年前くらいから足が遠のき、受験の時期には連絡を取り合うこともなくなってしまいました。
おそらく、私は嫌われていたのでしょう。

一年の浪人生活のあと、なんとか大学に進学した私は、その喜びを伝えたくて彼に受検の合格を電話で報告しました。
ところが、

「ああ、そう。」

みたいなリアクションなんですよ。
あれー?
俺、なんかしたのかなー?
今となっては彼に確認もできませんが。

大学生活がはじまった私は、学校の課題とアルバイトに追われて遊ぶ余裕もなく、彼に連絡を取ることもありませんでした。

大学に入学した年の梅雨の日のことでした。

バイト中、中学の担任だったババアから電話がありました。

バ「ヤツが亡くなったぞ。」
私「・・・ああ、そう・・・。」
バ「おまえ、その感じ、なんとなく思い当たる節があるのか?
亡くなった理由は分からないんだが。」
私「ああ、なんとなくね・・・。
ただ、俺も最近は会ってなかったから・・・。」

いまいち実感が湧きませんでした。

そうか、あいつ、死んだのか。

くらいにしか感じませんでした。

バ「通夜と告別式には出るのか?」
私「ああ、出るよ・・・。」

彼の家でとり行われた通夜に参列します。

彼の家を訪ねると、すでに彼の大学の友人方が参列していました。
きっと、仲がよかったんでしょうね。
私は相手にされなくなっていたので、嫉妬を感じたことを記憶しています。

焼香を促され、なじみ深い彼の家の客間に通されました。

ヤツの遺影がある。
その光景は今でも覚えています。
遺影を見つめたまま動けなくなり、放心していました。

あれ、なんだか、手に生ぬるいものが・・・?
水滴?

っ!?
俺、泣いてんのっ!?

自分が泣いていることに気がつくと、いよいよ涙が止まりません。
なんだかよく分からないものが、こみ上げてきます。
ゲロではありません。

そのうち、おえつが上がりはじめ、すぐに号泣になりました。
しばらくそのまま、畳に伏していたようです。

このときはじめて、彼の死が現実であることを認識したのだと思います。
私は今日までで、人前で声をあげて泣いたのは、これが最後です。

近しい人を失うということの意味

なんとか焼香を終えたのち、帰ろうとしたところを彼のご両親に引き止められました。

父「ヤツが死んだ理由、なにか知ってれば教えてくれないかな?
黒くんは、ずっとヤツと一番親しくしていたようだから。」

私「俺も最近は会ってなかったから。
本当にヤツが俺を一番親しい人間だと思っていたかも、分からなくなってた。」

父「そうか・・・。
ヤツは、なにか思いつめていたことでもあったのかなぁ?」

私「・・・自殺、なの?」

父「分からない。
でも、それに関わるものは、なにも残ってなかった。
生活習慣からくる急性の発作だろうと言われたが、どうなんだろう・・・。」

・・・おい。
おいっ。
おいっっ!?
まさか、俺が原因だと疑ってんのかっ!?

俺はおそらく嫌われてたんだぞ?

彼の父から、彼の大学での成績表を見せられました。

父「俺にはどの程度のできなのか分からないんだが・・・。」

私「・・・優秀ですよ。
私の学校であれば首席レベルです。
こんなに熱心に勉強するヤツが、自殺するとは思えないが・・・。」

父「そうかぁ・・・。」

ご両親はあまり納得していらっしゃらなかったようでした。

死んだ人のことは、もう分からない。

両親ですらその理由に納得できない。
でも、もう、だれにも分からない。
当の本人は口がきけない。
想像することしかできない。

しばらくは喪失感でいっぱいでした。

悲しさよりも寂しさが勝っていました。

彼の死の直後、学業やバイトに支障をきたすことはありませんでしたが、ふとしたときに思い出し、感情が波立ちました。
私が大きなショックを受けていたのだと確信しています。

これからずっと、彼の死を考えながら生きて行く

もっとヤツに対して積極的にコミュニケーションを取っていれば、異なる現在があったのかもしれない。
でも、俺は嫌われていたので距離をとっていた。
そもそも、俺は本当に嫌われていたのか?
それ以前に、親友と呼ばれる存在ですらなかったのでは?

あれからずっと、考えています。
私には答えを出すことはできないし、答えを知ってる人もいない。
どうすることもできない。
でも、考えることはできる。
ヤツの思っていたことを想像することはできる。
そこから、これから自分がどう生きて行くべきかを決めることはできる。

これが近しい人間を失うということ。
ずっとその喪失感を背負い、答えの出ないと分かっているものを自問し続ける。

これを「苦しい」と感じる人は少なくないと思います。

さて、エピソードがかなり長くなってしまいましたが、「彼の死」が「私の双極性障害」に与える影響を考えてみたいと思います。

発病の直接的な原因になるほどのインパクト

驚きや悲しみはもちろん、私にとってとくに大きなものは喪失感でした。
一撃の強力なインパクトは大きなストレスになり、間違いなく双極性障害の症状を悪化させる原因になると思います。
人によっては、このインパクトで発病してしまうこともあるのではないでしょうか。

一生ついて回る喪失感や悲しみ、そして自問の苦しみ

大きな喪失感や悲しみは”トラウマ”のようなものになり、その恐怖やストレスは間違っても双極性障害の症状を改善させる方向に働くことはないでしょう。

また同じ思いをしたくないという意識が植えつけられれば、人に近づくことを避けるようになることだってあるかもしれません。
治療に周囲の協力が必須となる双極性障害では、これは大きな足かせになる可能性があります。

彼の死について考えることは自由。

私が躁状態のときには、彼の分まで生きようなどと勝手な思いで走る。

うつ状態のときには、死ぬ前に彼はなにを思っていたのかなどと思いめぐらす。

彼の死に対する勝手な考えが、双極性障害の症状に影響することは明らかだと思っていますが、この影響の「良し悪し」は分かりません。
残された私の考え方次第で、良くも悪くもなるのでしょう。

近しい人の突然の死は、生涯にわたってキズあとが残る

心を許す親友の死は、私に大きな喪失感と生涯にわたるキズあとを残し、双極性障害の症状に影響を与え続けるのだと思います。

亡くなった親友は、なにも悪いことはしてないんですけどね。
救われませんね。

私の中で、彼の死が汚れてしまわないように、これからも懸命に生きて行きたいです。

ここまで、ありがとうございました。

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コメント

  1. ごんたママ より:

    黒さん、おはようございます!
    お若い時につらい思いをされましたね。
    私は親友?を亡くしたことがまだありません。
    ただ、息子(21歳)の同期の仲間の母親は、すでに何人も亡くなっています。
    保育園時代いっしょに「お疲れ様~」なんて言いながら送迎で出会っていたママ友です。
    早い人は、息子が保育園を卒園して数か月後でした。
    それから立て続けに何人かが皆、乳がんで亡くなりました。
    生きとし生けるものは、やがて死んでいく運命ですが、やはり辛いですよね。
    こうしたライフイベント、メンタルをやられているものにはなかなかつらいですよね。
    下がってるときは、本当に自分の人生を深く考えたりして・・・
    調子が出てるときは、「あの人の分まで頑張って生きよう!」なんて思ったり・・・
    心の揺れ動きに動じなくなる、ということは難しいですね。
    いつも情報ありがとうございます。

    • より:

      ごんたママさま

      どうも、黒です。
      こちらこそ、度々コメントいただき本当にありがとうございます。

      身近な人が亡くなるのはとてもつらいことですね。
      よく耳にしますが、がんで亡くなる方って多いんですね。
      亡くなった方やご家族のことを考えると胸が痛くなります。

      私は、心の揺れ動きはあって当然だし、それはそれでよいのではないかと考えています。
      もちろん自分の生活に支障をきたすようでは困りますが、それだけその人を大切にしていたということだと思うからです。

      つらいことではありますが、「大切な人だ」という気持ちは忘れずにいたいですね。

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